戻ってきたまさねえちゃんは、今まで以上に元気いっぱいで、相変わらず毎朝の外壁掃除と私の帰宅時間に行われる母との座談会が再開されたが、長くは続かなかった。
若いうちの癌だったことや、最初の摘出が遅れたためか、まさねえちゃんが、2度目の入院をしなければならなくなるのには、1年とかからなかった。
「 ブラジャー使わなくてすむから楽チンでいいわ 」
2度目の手術で、もう片方の乳房も摘出し、35歳の若さで両方の胸のふくらみをなくしたまさねえちゃんは、いつものように明るい笑顔でそう言ってのけた。
2度目の入院からも戻ってきたまさねえちゃんは、やはり何事もなかったようにいつもと変わらない人間騒音のまさねえちゃんのままだった。
節約家のまさねえちゃんは、いくら薦めても
「パットなんてもったいないだけだから」
と、まっ平らになってしまった胸で、本当にブラも使わなくなっていたのだが、しばらくすぎた頃、突然、洋服の上からふくらみが確認できるようになっていた。
いつもの母との座談会中だったまさねえちゃんの胸のふくらみに、つい目がいってしまった私に、
「あ、気づいた?破れたストッキングつめてみたの。
とる前よりおっきいでしょ!」
と、ケラケラ笑うまさねえちゃんに
「急にどうしたの?」
と尋ねると
「そらがね、恥ずかしいって言って、口きいてくれなかったから・・・」
と少し寂しい顔でまさねえちゃんが笑った。
そらの参観日に、いつものまんまで出かけたまさねえちゃんを見た友達に、
「そらちゃん、お父さんがきたよ」
とからかわれたらしい。
まだまだ女である年齢のまさねえちゃんも、本当は気にしていないはずはない。
なんともない顔はしていたが、どれほどか傷ついたかと思うと、今でも心が痛い。
この件以降は、3度にもわたる摘出手術を受け、完全に乳房をなくしたといったことが、現実ではなかったのではと思うほど、まさねえちゃんは明るく賑やかで、精力的に毎日を過ごしていた。
もちろん日々の日課の早朝外壁掃除と母との座談会も健在。
さらにはそらの学校のPTA会長まで引き受け、癌になる前よりも活動的になっていた。
その頃、私の家とまさねえちゃんの家のちょうど真ん中あたりの向かいに一本だけある桜の木に、今年2度目となる季節はずれの桜が咲いた。
秋真っ只中だというのに小さな花を咲かせた桜を、早朝の外壁掃除中に見つけたまさねえちゃんが大騒ぎしていた。
そんなまさねえちゃんを見て、母も私も、そらやかいや健太兄ちゃんも、おそらく本人も、大変な病気を克服した事実は忘れかけていた。
だがしばらくして、まさねえちゃんは、目が見えづらい、おかしいと不調を訴え始めた。
2度目の入院からわずか1年半。
まさねえちゃんの癌は、最終的とも言われる眼球にまで転移していた。
まさねえちゃんは、日本ではまだあまり例がないといわれる、癌での眼球摘出まで強いられたのだ。
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